った。
 妃《きさき》との離婚問題もあったが、その前から精神に異状があったそうである。
 王子の採った自殺の方法が科学的にはなはだ幼稚なものだと思われた。
 なんだかドイツらしくないという気がした。
 しかし、……心臓をねらうかわりに、脳を撃つか、あるいは適切な薬品を選んだ場合を想像してみると、王子に対するわれわれの感情にはだいぶんの違いがある。
 やっぱり心臓を選ばなければならなかったであろう。[#地から1字上げ](大正十年五月、渋柿)
[#改ページ]

       *

「ダンテはいつまでも大詩人として尊敬されるだろう。……だれも読む人がないから」
と、意地の悪いヴォルテーアが言った。
 ゴーホやゴーガンもいつまでも崇拝されるだろう。……
 だれにも彼らの絵がわかるはずはないからである。[#地から1字上げ](大正十年五月、渋柿)
[#改ページ]

       *

「あらゆる結婚の儀式の中で、最も神聖で、最もサブライムなものは、未開民族の間に今日でもまだ行なわれている掠奪《りゃくだつ》結婚のそれである。……
 近年まで、この風習が日本の片すみに残っていたが、惜しいことに、もうど
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