立たしいものでなければならない。
ある日上野の科学博物館裏を通ったら、隣の帝国学士院の裏庭で大きな白犬の写真を撮っていた。犬がちっとも動かないでいつまでもじっとしておとなしくカメラのほうを見つめている、と思ったら、そばに立っていた人がひょいとその胴をかかえて持ち上げ、二、三歩前のほうへ位置を変えたのでそれが剥製《はくせい》だとわかった。写真師のそばに中年の婦人が一人立っていた。片手を頬にあてたままじっと犬のほうを見ていた。
翌朝新聞を見るとこの犬の写真が出ていた。やはりそれが八公であったのである。
この剥製の写真を撮っている光景を見たときにはやはり自分の胸の中にしまい忘れてあった「宗教」がちょっと顔を出した。[#地から1字上げ](昭和十年六月十二日)
[#改ページ]
*
親がつけてくれた名が気に入らなくなって改名する人がある。姓名判断という迷信的な俗説を信じて改名するのはまた別であるが、そうでなくて改名する人にはおのずから共通な性質があるような気がする。あえて弱点というほどではないがとにかく若干の人のよさがあるような気がする。
自分の知った人で非常に珍しい姓
前へ
次へ
全160ページ中122ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング