ーナリズムのトリックである。
[#改ページ]

       *

 夜中に眼が覚めた。どこかで「デンポー、デンポー」と言っているらしい声が聞こえる。それから五分もたつとまた同じような声が聞こえる。あまり長い間をおいてしばしば繰り返されるから不思議だと思って注意していると数町さきの通りを通る自動車の「ブ、ブー」という警笛が聞こえる。さっきの「デンポー」はやはり自動車の警笛であった。笛のうちには音色がかなり人声に似たのがあると見える。
[#改ページ]

       *

 犬吠岬《いぬぼうざき》の茶店の主人の話だそうである。三十年来の経験で、自殺者心中者はたいてい様子でわかる。思案にくれて懊悩《おうのう》しているようなのはかえって死なない。写真でも撮らせたり、ひどく元気よくはしゃいでいるのが怪しいということである。いったい死ぬほどに意気銷沈《いきしょうちん》したものなら首くくりの縄《なわ》を懸けるさえ大儀な気がしそうである。それをわざわざ遠く出かけて、しかも三原や浅間に山登りをする元気があるのは不思議なような気がする。こういう種類の自殺者は、悲観のためではなくてみんな興奮のために死ぬる
前へ 次へ
全160ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング