いう。七割は自殺者だそうである。新聞には出ないが三原山よりは多いという。
 一銭蒸汽の中で丸薬の見本を二粒ずつ船客一同に配っておいてから、そろそろと三百何十粒入りの袋を売りだす女がいた。どこへ行っても全く油断のできない世の中である。
 言問《こととい》まで行くつもりであったが隅田川の水の臭気にあきたので吾妻橋《あづまばし》から上がって地下鉄で銀座まで出てニューグランドでお茶をのんだ。
 近ごろの大旅行であった。舟車による水陸の行程約七里半、徒歩ならゆっくり一日がかりのところである。
 自分の生まれない前に両親が深川|西六間堀《にしろっけんぼり》に住まっていたころ、自分のいちばん末の姉を七歳で亡くして休日のたびに谷中《やなか》の墓地へ通ったという話を聞かされたことがあった、それを今日ふいと思い出した、ほとんど一日がかりの墓参りであったらしい。
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なつかしや未生以前《みしょういぜん》の青嵐[#地から1字上げ](昭和十年七月、渋柿)
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   曙町より(二十六)


 風呂桶《ふろおけ》から出て胸のあたりを流していたら左の腕に何か
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