《はえと》り紙の場面には相当深刻な真実の暗示があるが、深刻なためにかえって検閲の剪刀《せんとう》を免れたと見える。
兵隊が帰って来た晩の街頭の人肉市場の光景もかなりに露骨であるが、どこか少しこしらえものらしいところもある。
フロランスという女に最初に失望する場面と後にも一度失望する場面との対照がもう少しどうにかならないかという気がする。しかし最後に絶望して女の邸宅を出て白日の街頭へ出るあたりの感じにはちょっとした俳諧が感ぜられなくはない。まっ白な土と家屋に照りつける熱帯の太陽の絶望的なすさまじさがこの場合にふさわしい雰囲気《ふんいき》をかもしているようである。
十七 男の世界
生粋《きっすい》のアメリカ映画である。今までに見たいろいろの同種の映画のいろいろの部分が寄せ集められてできあがっているという感じである。しかしただ、ポウェルという男とゲーブルという男との接触から生じるいかにもきびきびした歯切れのいい意気といったようなものが全編を引きしめていて観客を退屈させない。
拳闘場《けんとうじょう》の鉄梯子道《てつばしごみち》の岐路でこの二人が出会っての対話の場面と、最
前へ
次へ
全37ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング