後に監獄の鉄檻《てつおり》の中で死刑直前に同じ二人が話をする場面との照応にはちょっとしたおもしろみがある。
 ゲーブルの役の博徒《ばくと》の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無道の行為とは思われないような仕組みになっている。二度目の殺人など、洗面場で手を洗ってその手をふくハンケチの中からピストルの弾《たま》を乱発させるという卑怯千万《ひきょうせんばん》な行為であるにかかわらず、観客の頭にはあらかじめ被殺害者に対する憎悪《ぞうお》という魔薬が注射されているから、かえって一種の痛快な感じをいだかせ、この殺人があたかも道徳的に賛美すべきものであるような錯覚を起こさせピストルの音によって一種の快いスリルを味わわせる。映画というものは実際恐ろしい魔術だと思われる。
[#地から3字上げ](昭和十年六月、渋柿)



底本:「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店
   1948(昭和23)年11月20日第1刷発行
   1963(昭和38)年6月16日第20刷改版発行
   1997(平成9)年9月5日第65刷発行
入力:(株)モモ
校正:多羅尾伴内
2003年5月18日作成
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