ると思われた。しかしいちばん困るのは人間の芝居である。特にその対話である。吉良上野《きらこうずけ》のほうはだれがやるとしても比較的やさしいと思われるが浅野内匠《あさのたくみ》のほうは実際むつかしい。片岡千恵蔵《かたおかちえぞう》氏もよほど苦心はしたようであるが、どうも成効とは思われない。あの前編前半のクライマックスを成す刃傷《にんじょう》の心理的経過をもう少し研究してほしいという気がする。自分の見る点では、内匠頭はいよいよ最後の瞬間まではもっとずっと焦躁《しょうそう》と憤懣《ふんまん》とを抑制してもらいたい。そうして最後の刹那《せつな》の衝動的な変化をもっと分析して段階的加速的に映写したい。それから上野が斬《き》られて犬のようにころがるだけでなく、もう少し恐怖と狼狽《ろうばい》とを示す簡潔で有力な幾コマかをフラッシュで見せたい。そうしないとせっかくのクライマックスが少し弱すぎるような気がする。
 第二のクライマックスは赤穂《あこう》城内で血盟の後|復讐《ふくしゅう》の真意を明かすところである。内蔵助《くらのすけ》が「目的はたった一つ」という言葉を繰り返す場面で、何かもう少しアクセントを
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