。精神的にこれとよく似た果たし合いは人間の世界にもしばしばあるが、不思議なことにはこういう種類の決闘は法律で禁じられていない。
 亀と王蛇《キングスネーク》とが行き会ってもお互いに知らん顔をしている。蛇《へび》にとっては亀は石ころと同様であり、亀にとっては蛇は動く棒切れとえらぶところがないらしい。二つの動物の利害の世界は互いに切り合わない二つの層を形成している。従って敵対もなければ友愛もない。
 王蛇とガラガラ蛇との二つの世界は重なり合っている。そこで食うか食われるかの二つのうちの一つしか道がない。
 この二つの蛇の決闘は指相撲《ゆびずもう》を思い出させる。王蛇のほうの神経の働く速度がガラガラ蛇のそれよりもほんの若干だけ早いために、前者の口嘴《くちばし》が後者のそれを確実に押えつけるものと見える。人間の撃剣や拳闘《けんとう》でも勝負を決する因子は同じであろうが、人間には修練というものでこの因子を支配する能力があるのに動物はただ本能の差があるだけであろう。
 王蛇《キングスネーク》がいたちのような小獣と格闘するときの身構えが実におもしろい見ものである。前半身を三重四重に折り曲げ強直させて
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