りなど実におもしろい。それがおもしろくおかしいのは「真実」がおもしろくおかしいからである。犬が結局窓の日蔽幕《シェード》に巻き込まれてくるくる回る、そうなると奇抜ではあるがいっこうにおかしくない。それはもう真実でないからである。
 漫画の主人公のねずみやうさぎやかえるなどは顔だけはそういう動物らしく描いてあるが、する事は人間のすることを少しばかり誇張しただけである。結局仮面をかぶった人間に過ぎない。しかしこの犬だけはいつでも正真正銘の犬である。犬を愛し犬の習性を深く究《きわ》め尽くした作者でなければ到底表現することのできない真実さを表現している。
 この犬を描くのと同じ行き方で正真正銘の人間を描くことがどうしてできないのか。それができたらそれこそほんとうの芸術としての漫画映画の新天地が開けるであろうと思われる。現在の怪奇を基調とした漫画は少しねらいがはずれているのではないか。実在の人間に不可能で、しかも人間の可能性の延長であり人間の欲望の夢の中に揺曳《ようえい》するような影像を如実に写し出すというのも一つの芸術ではあるが、そうした漫画は精神的にはわれわれに何物をも与えず、ただ生理的にむ
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