えって鑑賞の邪魔になっているわけである。これで思い出すのは、いつかウーファの教育映画で本物の生きた「ひとで」のきわめて鮮明な大写しを見た、その「科学的なひとで」のほうにかえってはるかに美しく真実な詩があった。マン・レイの「ひとで」の中にも少しばかりこれに似た実写が插入《そうにゅう》されているが、前者とは比較にならぬほど美しからぬものに見えた。この「ひとで」はあまりに細工が過ぎているように思われる。もう少し自然な真実なものの適当な理解ある編集によって、もっともっと美しい詩が構成されてもいいはずである。真実でないものをいくらどう並べてみたところで美しくなりようがないと思うのである。
「貝がらと僧侶《そうりょ》」もはなはだ不愉快な映画であった。脚色者があさはかな人間の知恵をもてあそぶに忙しいだけで、科学的に真実な、万人を無条件に納得させるような何物をも含んでいないからである。
「パリ―ベルリン」
これに反して「パリ―ベルリン」と名づけるナンセンス映画は近ごろ見たうちで比較的おもしろい愉快なものであった。もちろん、話の筋や役者の芸などは初めから問題にはならない。おもしろいのは主
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