おそらく見ようによってはもっとも善良なる旧時代の残存者である。これに反してもっともわかりにくい存在はこの若く美しい生徒に慕われる女教師である。ひどく骨っぽく冷たいようにも見え、またひどく情熱的魅惑的にも見える。どこかブリギッテ・ヘルムに似たところのあるこの役者のこの配役にはなんとなくダヴィンチのモナリザを思わせる不可思議なものがある。少女マヌエラのほうは、理性よりも、情緒の勝った子供らしい、そうしてなんとなく夢を見ているような目と、なんとなくしまりの悪い口元のあたりにセンシュアルな影がある。それがこの劇の心理的内容を複雑にするに有効であるように見える。

     「ひとで」

 この映画と同時に有名なマン・レイの「海翻車《ひとで》」を見た。全体としては、正直にいって決して「おもしろい」ものではない。しかし、なにかしら、ほんとうにおもしろいものへの第一歩でありおぼつかない試みであるとはたしかに思われるものである。これはロベール・デスノという人の原詩を脚色したものだそうであるから、原詩をよく味わった人にはあるいはいくらかおもしろいかもしれないが、われわれにはそんな知らない原詩のある事がか
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