年増《としま》の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵《たんてい》づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一つ一つありありと思い出させられる。そうしてなじみになったアルベールとポーラのために一種不安な緊張を感じさせられる。それでアルベール自身の頭の中に経過しつつある不安な警戒の念が彼の絶えず移動する目のくばりに現われて、それが直ちに観客の頭に同じような感情の波動を伝えるのである。そうしておもしろいことにはこのシーンの伴奏となりまた背景ともなる音響のほうはなんの滞りもなくすらすらと歌の言葉と旋律を運んで進行していることである。もしもこれが無声であるかあるいは歌はあってもこの律動的な画像がなかったとしたら効果は二分の一になるどころかおそらくゼロになって、倦怠《けんたい》以外の何ものをも生じないであろう。
この律動的編成の巧拙の分かれるところがどこにあるかと考えてみると、これはやはりこの画面に現われたような実際の出来事が起こる場合に、天然自然にアルベール、すなわ
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