生理的機関の構造によって規定されたいろいろの物理的振動の週期性、感官や運動機関の慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性、なおまた人間常住の環境に現われる種々の週期性、そういういろいろな週期に対するわれわれの無意識的な経験と知識から生まれて来る律動の予感、あるいは期待がぐあいよく的確に満足されるということが一つの最重大な基礎となっていることは疑いもないことである。平たく言えばわれわれが自然に踊り回ると同じリズムの音楽でなければ踊る気にもなれず、また踊ろうにも踊られぬわけである。
「パリの屋根の下」における律動的要素の著しい場面をあげると、たとえば二度目にアルベールが舗道で前とはちがった第二の歌を歌っているシーンである。歌っているアルベールの大写しの顔と交互に彼を取り巻いているいろいろな顔が現われる。一番目の同じようなシーンでは観客はまだそこに現われる群集の一人一人の素性について何も知らなかったのであるが、この二度目の同じ場面では一人一人の来歴、またその一人一人がアルベールならびに連れ立った可憐《かれん》のポーラに対する交渉がちゃんとわかっている。掏摸《すり》に金をすられた肥《ふと》った
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