あく》した上で、巧みに臨機にそれを調合配剤しているものと判断されることはたしかである。しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの魅力を醸成することはできそうに思われない。それにはもっともっと深い所に容易には簡単な分析的説明を許さないような技術が潜伏しているに相違ないと思われるのである。
 自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理《きめ》の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要素としての律動的要素の優秀なるできばえである。従って一つの楽曲のおもしろさを貧弱な人間の「言葉」と名づける道具で現わすことが困難であると同様にこの映画の律動的和声的要素の長所を文字の羅列《られつ》で置き換えようとすることは、始めから見込みのないことでなければならない。
 音楽における律動的要素の由来は、学問的に言えばなかなかむつかしい問題であろうが、素人流《しろうとりゅう》に言えば、要するに人間という
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