く近代のベルリーンあたりのような気持ちになるのが不思議である。それで前半ではドイツ語が不自然に聞こえ、後半ではそれが当然に聞こえる。
音楽はなかなかおもしろい。同じジャズの楽器でもドイツ人の手にかかると、こうも美しくなるものかと感心させられる。あのサキソフォーンでさえも実に味のこまやかな音として聞かれる。アメリカのジャズはなるほどおもしろいと思う時はあっても、自分にはどうも妙な臭みが感ぜられる。たとえば場末の洋食屋で食わされるキャベツ巻きのようにプンとするものを感じる。これはおそらくアメリカそのもののにおいであろう。しかしこのクルト・ワイルのジャズ(?)にはそれがみじんもなくて、ゲーテやバッハを生んだドイツ民族の情緒が濃厚ににじみだしている。そうしてそれでいて同時にまたどれにもどこかしら Gallow Song しかもやはりイギリスらしいそれの味がしみじみとかみしめられるような気もするのである。最後に町の暗やみの中に幽霊のように消えて行くルンペンの行列とともにゆるやかに句切って再び響くモリアットの歌も、スクリーンの前の幕がおりて席を立ってそうして往来へ出て後までもいつまでも耳に残って
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