だん大きくなるのが印象的な迫力をもっている。「烏賊《いか》」ホテルの酒場のガラス窓越しに、話す男女の口の動きだけを見せるところは、「パリの屋根の下」の一場面を思いだす。
メッサーの手下が婚礼式場用の椅子《いす》や時計を盗みだすところはわりによくできている。くどく、あくどくならないところがうまいのであろう。倉庫の暗やみでのねずみのクローズアップや天井から下がった繩《なわ》にうっかり首を引っかけて驚いたりするのも、わざとらしくない。そうして塵埃《じんあい》のにおいが鼻に迫る。
結婚式場のぎょうぎょうしくて派手で、それでいて実に陰惨でグロテスクな光景もよくできている。ここでポリーの歌う Barbara Song はなかなか美しい。セットのおぼろ夜の空とおぼろ月がかえって本物より効果がいいようである。
情婦ジェニーが市松模様《いちまつもよう》のガラス窓にもたれて歌うところがちょっと、マチスの絵を見るような感じである。
乞食頭《こじきがしら》のピーチャムのする芝居にはどうも少ししっくりしないわざとらしさを感じる。
この映画の前半はいかにも昔のロンドンのような気分があるのに後半はなんとな
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