のクローズアップにはこの映画に限らず頭の上をはう蠅《はえ》が写っている。この蠅がいわゆる画竜点睛《がりょうてんせい》の役目をつとめる。これを見ることによってわれわれは百度の気温と強烈な体臭を想像する。この際蠅はエキストラでなくてスターである。しかし監督の意図など無視して登場し活躍しているからおもしろい。
蛮人の王城らしい建物が映写される。この建物はきわめて原始的であるが一種の均整の美をもっている。素人目《しろうとめ》にはわが大学の安田講堂《やすだこうどう》よりもかえって格好がいいように思われる。デテイルがないだけに全体の輪郭だけに意匠が集注されるためかもしれない。
インパラという動物の跳躍も見物《みもの》である。十数尺の高さを水平距離で四十尺も一飛びにとぶのである。何か簡単な器械を人間のからだへつけて、この動物のようにとんで歩くスポーツを発明したらおもしろいかもしれないという気がした。
こういう実写を見ているとつくづく人間のこしらえた映画のばかばかしさを感じる。天然の芸術にはかなわぬことは始めからわかっていることではあるが。
[#地から3字上げ](昭和六年十一月、東京帝国大学新聞
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