るやや感傷的な場面がある。行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰りはただ人だけが帰ってくるのである。安価な感傷と評した人もあったがしかしそれがかなりな真実味をもって表現されている。殺す相談をして雪の中に立っている四人の姿がよくできている。
 この映画ではそのほかにも犬が非常に活躍していて、この映画の現実味を助けている。地質学者の一隊が中継ぎのステーションへ向かって突進する、その荷物を橇《そり》で引いて行く犬群の頼もしく勇ましい姿は何かしらわれわれの心の奥底に触れる美しさをもっている。人間はそれぞれの明白な心の目標があって、それに向かわんために充分納得して寒苦と戦っているが、犬はなんのためだか、ちっともわからないで、ただたよる主人の向かう所なら、さもうれしげに死の雪原に突進するのである、犬でもやはり苦しくなくはないであろう。
 同じことは映画「沈黙の敵」の中の犬についてもいわれる。しかしこの映画でもっともおもしろいのは、雪の林中でのトナカイと犬との格闘の場面である。トナカイが死地に陥って敢然たる攻勢を取り近寄る犬どもを踏みつぶそうとする光景は獣類とはいえ悲壮である。いかなる名優の活劇で
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