捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の廃頽的《はいたいてき》な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある雰囲気《ふんいき》を濃厚にする。それから次の酒場で始終響いているピアノの東洋的なノクターンふうの曲が、巧妙にヒロインの心理の曲折を描写している。愛人の兵士が席を立ったあとで女がただ一人ナイフとカルタをいじっている。この無意識なそうして表面平静な挙動の奥にあばれている心のあらしを、隣室から響くピアノの単純なようで込み入った抑揚が細かに描いて行く。そうして食卓の上に刻まれた彼女自身の名前を見いだした最後の心機の転回に導かれるまでこのピアノ曲はあるいは強くあるいは弱く追跡して来る。突然この音が絶えると同時に銀幕のまん中にはただ一本の旗が現われ、それが強い砂漠《さばく》のあらしになびいてパリパリと鳴る音が響いて来る。ピアノの音からこの旗のはためきに移る瞬間に、われわれはちょうどあるシンフォニーでパッショネートな一楽章から急転直下 Attacca subita il seguente に明朗なフィナーレに移るときと同じような心持ちを味わうのである。
屋上で神に祈る土人の歌謡、カバレでり
前へ
次へ
全64ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング