んごを売る女の唱歌、それらもおもしろくない事はない。また女の捨てばちな気分を表象するようにピアノの鍵盤《けんばん》をひとなでにかき鳴らしたあとでポツンと一つ中央のCを押すのや、兵士が自分で投げた団扇《うちわ》を拾い上げようとしてそのブルータルな片手で鍵盤をガチャンと鳴らすのや、そういう音的効果もあまりわざとらしくないようにうまく取り入れられている。しかしそういう小技巧だけならば何も、この「モロッコ」に限らず、少し気のきいた映画には至るところに使われていることであろうと想像される。この映画の独自な興味は結局太鼓の音と靴音《くつおと》とこれに伴なう兵隊の行列によって象徴された特異なモチーフをもって貫かせた楽曲的構成にあると思われる。そうしてその単純明白なモチーフが非常に多面的立体的に取り扱われているために、同じものの繰り返しが少しの倦怠《けんたい》を感ぜしめないのみならず、一歩一歩と高調する戯曲的内容を導いて最後の最頂点に達するまでに観客の注意の弛緩《しかん》を許さないのであろう。
 この映画を見て非常におもしろいという人とちっともおもしろくないという人と二通りあるようである。これはこの二
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