》へ積み出すからこちらの口へははいらんわい」とやけに桶をポンポンたたく。門の屋根裏に巣をしているつばめが田んぼから帰って来てまた出て行くのを、羅宇屋は煙管《きせる》をくわえて感心したようにながめていたが「鳥でもつばめぐらい感心な鳥はまずないね」と前置きしてこんな話を始めた。村のある旧家につばめが昔から巣をくうていたが、一日家の主人がつばめに「お前には長年うちで宿を貸しているが、時たまにはみやげの一つも持って来たらどうだ」と戯れに言った事があった。そしたら翌年つばめが帰って来た時、ちょうど主人が飯を食っていた膳《ぜん》の上へ飛んで来て小さな木の実を一粒落とした。主人はなんの気なしにそれを庭へほうり出したら、まもなくそこから奇妙な木がはえた。だれも見た事もなければ聞いた事もない不思議な木であった。その木が生長すると枝も葉も一面に気味の悪い毛虫がついて、見るもあさましいようであったので主人はこの木を引き抜いて風呂《ふろ》のたきつけに切ってしもうた。その時ちょうど町の医者が通りかかって、それは惜しい事をしたと嘆息する。どうしてかと聞いてみると、それはわが国では得がたい麝香《じゃこう》というもの
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