花物語
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)宅《うち》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)時々|蛇《へび》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ばった[#「ばった」に傍点]
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一 昼顔
いくつぐらいの時であったかたしかには覚えぬが、自分が小さい時の事である。宅《うち》の前を流れている濁った堀川《ほりかわ》に沿うて半町ぐらい上ると川は左に折れて旧城のすその茂みに分け入る。その城に向こうたこちらの岸に広いあき地があった。維新前には藩の調練場であったのが、そのころは県庁の所属になったままで荒れ地になっていた。一面の砂地に雑草が所まだらにおい茂りところどころ昼顔が咲いていた。近辺の子供はここをいい遊び場所にして柵《さく》の破れから出入りしていたがとがめる者もなかった。夏の夕方はめいめいに長い竹ざおを肩にしてあき地へ出かける。どこからともなくたくさんの蝙蝠《こうもり》が蚊を食いに出て、空を低く飛びかわすのを、竹ざおを振るうてはたたき落とすのである。風のないけむったような宵闇《よいやみ》に、蝙
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