目先生のものは別として国木田独歩《くにきだどっぽ》、谷崎潤一郎《たにざきじゅんいちろう》、芥川竜之介《あくたがわりゅうのすけ》、宇野浩二《うのこうじ》、その他数氏の作品の中の若干のもの、外国のものではトルストイ、ドストエフスキーのあるもの、チェホフの短編、近ごろ見たものでは、アーノルド・ベンネットやオルダス・ハクスレーの短編ぐらいなものである。
何ゆえに自分がここでこのような、読者にとってはなんの興味もない一私人の経験を長たらしく書き並べたかというと、これだけの前置きが、これから書こうとするきわめて特殊な、そうして狭隘《きょうあい》で一面的な文学観を読者の審判の庭に供述する以前にあらかじめ提出しておくべき参考書類あるいは「予審調書」としてぜひとも必要と考えられるからである。
もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。少年時代に上記のごときおとぎ文学や小説戯曲に読みふけっているかたわらで、昆虫《こんちゅう》の標本を集めたり植物※[#「月+昔」、第3水準1−90−47]葉《しょくぶつさくよう》を作ったり、ビールびんで水素を発生させ
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