んであるが、ただ自分のちょうど欲しいと思うものを自分の欲しい時に手にいれようとするには不便である。それには百貨店に私のこの提案が採用されると便利であろう。
 これらの「知識の売子」にはそう大したえらい本当の学者は入用はないのみならず、かえって甚だ厄介でかつ不都合であろう。この選定はむしろ百貨店の支配人に一任すればよい。
 某百貨店の入口の噴水の傍の椰子《やし》の葉蔭のベンチに腰かけてうっとりしているうちに、私はこんな他愛もない夢を見ていたのである。[#地から1字上げ](昭和四年八月『東京朝日新聞』)

      二 地図をたどる

 暑い汽車に乗って遠方へ出かけ、わざわざ不便で窮屈な間に合せの生活を求めに行くよりも、馴れた自分の家にゆっくり落着いて心とからだの安静を保つのが自分にはいちばん涼しい銷夏《しょうか》法である。
 日中の暑い盛りにはやはり暑いには相違ない。しかし何か興味のある仕事に没頭することが出来れば暑さを忘れてしまうことは容易である。それにはあまり頭も苦しめなくて、ただ器械的に仕事を進めて行くうちに自ずから興味の泌み出して来るようなことが適当である。例えばある年の夏は江
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