寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)行交《ゆきか》う人々が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)陸路|琴平《ことひら》高松を経て

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和四年八月『東京朝日新聞』)
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      一 デパートの夏の午後

 街路のアスファルトの表面の温度が華氏の百度を越すような日の午後に大百貨店の中を歩いていると、私はドビュシーの「フォーヌの午後」を思いだす。一面に陳列された商品がさき盛った野の花のように見え、天井に回るファンの羽ばたきとうなりが蜜蜂を思わせ、行交《ゆきか》う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように思われてくるのである。あらゆる人間的なるものが、暑さのために蒸発してしまって、夢のようなおとぎ話の世界が残っているという気がするのである。この夢の世界を逍遥している幾千人かのうちの幾プロセントかはまたおそらく単にこのフォーヌの夢を見るだけの目的で、あてもなく彷徨しているかもしれない。こういう意味でデパートメントストアは一つの公園であり民衆の散歩場
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