の転換もよくできている。
モーリスがシャトーの玄関をはいってから、人けのない広間をうろつきまた駆け回る場面の伴奏も抑揚変化が割合によくできていて人を飽きさせない。
医者が姫君を診察するとき、心臓の鼓動をかたどるチンパニの音、脈搏《みゃくはく》を擬する弦楽器のピッチカットもそんなにわざとらしくない。
モーリスの出現によって陰気なシャトーの空気の中に急に一道の明るい光のさし込むのを象徴するように、「ミミーの歌」の一連の連続が插入《そうにゅう》されてインターリュードの形をなしている。むつかしやの苦虫《にがむし》の公爵が寝床の中でこの歌を始める。これがヴァレンティーヌ夫人、ド・ヴァレーズ伯爵、ド・サヴィニャク伯爵へと伝播《でんぱ》する。最後の伯爵のガス排出の音からふざけ半分のホルンの一声が呼び出され、このラッパが鹿狩《しかが》りのラッパに転換して爽快《そうかい》な狩り場のシーンに推移するのである。あばれ馬のあばれ方は愉快であるが、鹿の走り方は少しおかしい。あれは追わるる鹿ではない。モーリスが馬と「話し合いで別れて」鹿と友だちになっているところは傑作である。「静かにお帰りください」で引き上
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