きめてしまった。
 約束の時刻に尋ねて行った。入口で古風な呼鈴《よびりん》の紐を引くと、ひとりで戸があいた。狭い階段をいくつも上っていちばん高い所にB君の質素な家庭があった。二間《ふたま》だけの住居らしい。食堂兼応接間のようなところへ案内された。細君は食卓に大きな笊《ざる》をのせて青い莢隠元《さやいんげん》をむしっていた。
 お茶を一杯よばれてから一緒に出かけて行った。とある町の小さな薬屋の店へ這入《はい》った。店には頭の禿げた肥った主人が居て、B君と二言三言話すと、私の方を見て、何か云ったがそれはオランダ語で私には分らなかった。
 店のすぐ次の間に案内された。そこは細長い部屋で、やはり食堂兼応接間のようなものであったが、B君のうちのが侘《わび》しいほど無装飾であったのと反対に、ここは何かしらゴタゴタとうるさいほど飾り立ててあった。
 壁を見ると日本の錦絵が沢山貼りつけてある。いずれも明治年代に出来た俗な絵草紙である。天井の隅には拡げた日傘が吊してある。棚や煖炉《だんろ》の上には粗製の漆器や九谷焼《くたにやき》などが並べてある。中にはドイツ製の九谷まがいも交じっているようであった。
 
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