異郷
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)退《しりぞ》いて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今晩|宅《うち》へ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ぶな[#「ぶな」に傍点]の森
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      ウェルダアの桜

 大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退《しりぞ》いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出させる。
 船が着いてから小さな丘に上って行った。丘の頂には旗亭《きてい》がある。その前の平地に沢山のテエブルと椅子が並べてあって、それがほとんど空席のないほど遊山《ゆさん》の客でいっぱいになっている。テエブルの上には琥珀《こはく》のように黄色いビイルと黒耀石のように黒いビイルのはいったコップが並んで立っている。どちら
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