を見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。
 高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡《なび》いている。その中に日の丸の旗のあるのが妙に目に立って見えた。
 連れの日本人はその連れのドイツ女の青い上着を小脇にかかえて歩いていた。私は自分の重い外套《がいとう》をかかえて黙ってその後をついて行った。
 丘を下りて桜の咲き乱れた畑地の中の径《みち》をあるいた。柔らかい砂地を踏みしめながらあるいているうちに、かつて経験した事のない不思議な心持になって来た。それは軽く船に酔ったような心持であった。そして鉛のように重いアパシイが全身を蔽うような気がした。美しい花の雲を見ていると眩暈《めまい》がして軽い吐気《はきけ》をさえ催した。どんよりと吉野紙に包まれたような空の光も、浜辺のような白い砂地のかがやきも、見るもののすべての上に灰色の悲しみが水の滲みるように拡がって行った。
「あなたはどうしてそんなに悲しそうでしょう。」
 連れの女はこう云って聞いた。
「何も悲しき事はありません」と答える外はなかった。実際何も悲しい事はなかった。しかしまたすべてのものが悲しか
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