れには都大路に白昼追いはぎが出たり、少し貸してくれなどという相手も出現するから、そういう時にはこれがたちまちにして原始民時代の武器として甦生《そせい》するという可能性も備えているのである。実際自分らの子供の時分に自由党のけんかの頻繁《ひんぱん》であったころは鍬《くわ》の柄をかつぎ回ったりまたいわゆる仕込み杖という物騒なステッキを持ち歩くことが流行して、ついには子供用のおもちゃの仕込み杖さえできていたくらいである。西洋でも映画「三文オペラ」の親方マッキ・メッサーがやはり仕込み杖を持っているのである。
とにかく、他に実務的な携帯品があったのでは、せっかくのステッキもただのじじむさい杖になってしまう。よごれた折り鞄《かばん》などを片手にぶらさげてはいけないのである。やはり全く遊ぶよりほかに用のない人がステッキ、そうしてステッキだけをかかえていないと板につかないようである。ゴルフのなんとかいうあの棒などもそうである。歴史は繰り返すとすれば今に貴婦人たちやモガたちが等身大のリボン付きのステッキにハンドバッグでもつるしたのを持って銀座を歩くようになるとおもしろい見物《みもの》であろう。
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