ながら、桿状菌《かんじょうきん》バクテリアの語源がギリシア語のステッキであるのはちょっとおもしろい。病魔のステッキが体内をあばれ回るのである。
 日本で製造して売っている金具付きのステッキはみんな少し使っていると金具がもげたり、はじけたり、へこんだりしてだめである。ここ数年来の経験でこの事実を確かめることができた。もっともステッキに限らず大概の国産商品がそうであり、ちゃんとした器械類でさえも長持ちのするのは珍しい。ステッキが用のない人のぜいたく品ならば、なるべく早くいけなくなって、始終新しく取り換えるほうがいいかもしれない。実際新しいステッキを買うとあと一週間ぐらいは勉強ができるという人もいるくらいである。しかし国産の時計や呼び鈴などのすぐ悪くなるのは全く始末が悪く日本の名誉のために情けなくなる。 
 年を取るとやはり杖《つえ》が役に立つ。毎日あがる階段で杖の役に立つ程度によってその日のからだのぐあいのよしあしがわかる。健康のバロメーターになる。字引きで見ると杖の字は昔は尺度の意味であったという話があるから、昔もやはりメーターの一種であったのである。[#地から2字上げ](昭和七年十一月
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