今のようなステッキが行なわれだしたものか知らないが、ロココの時代には貴婦人がたがリボン付きの長い杖をついている絵がある。またそのころのやさ男が粉をふりかけた鬘《かずら》のしっぽをリボンで結んで、細身のステッキを小脇《こわき》にかかえ込んで胸をそらして澄ましている木版絵などもある。とにかくあのころ以後はずっと行なわれて今日に至ったものであろう。いずれにしても人間がみんな働くのに忙しくて両方の手がいつもふさがっているような時代には全然用のないものであったに相違ない。人間の社会生活が進歩した結果として、何もしないで楽に遊んでいられる人間が多数に存在するようになると、今まで使っていた手が暇になって、全く言葉どおりに手持ちぶさたを感じる。そうかといって太平のシャンゼリゼーの大通りやボアの小道を散歩するのに、まさか弓矢や人殺し用の棍棒《こんぼう》や台所用のパン棒を携えるわけにも行かないから、その代わりに何かしら手ごろな棒きれを持つことになったのではないかとも想像される。とにかく昔のシナでは杖《つえ》の字は「持」の字と同じで手に持つものならなんでも「杖」であったらしい。
しかし、太平の世の中でもま
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