が暗くなるくらいで、杖《つえ》という杖の中でもこういうばあさんの杖などは最もみじめな杖であろう。
親類のじいさんで中風《ちゅうぶう》をしてから十年も生きていたのがあった。それが寒い時候にはいつでも袖無《そでな》しの道服を着て庭の日向《ひなた》の椅子《いす》に腰をかけていながら片手に長い杖を布切れで巻いたのを持って、そうしていつまでもじっとしたままで小半日ぐらいのあいだ坊主頭を日に照らしていた。あたまの上にはたいてい蠅《はえ》が一匹ぐらいとまっていた。そういう夢のような幼時の記憶があるが、このように腰をかけながらついている杖などは杖としての珍しい用途であろう。力学的に考えるとやはりからだの安定を保つために必要な支柱の役をしていたに相違ない。
しかしこういうあらゆる杖に比べると、いわゆるステッキほどわけのわからない品物はないと思われる。屈強の青壮年が体重をささえるために支柱とするはずはないからである。もっとも銀座アルプスのデパートの階段などを上る時は多少の助けになるかもしれないが、そういう時でも彼らは必ずしもステッキの先端を床に触れているとは限らないのである。
西洋でいつのころから
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