リベットにたんねんな仕上げをかけるようなものだとぐらいには考えてもらいたいものである。そうすれば、リベット一本仕上げた人を、あたかもツェペリン全部を一人で一夜に完成したように誤報する心配だけはなくなるであろう。
 新聞の科学記事で往々世界的「大発明」として報ぜられるものの中には、専門家でないアマチュアの多年の苦心の結果と称するものが往々ある。そういう場合にはきっと、その発明者が素人《しろうと》であるという事自身が、その発明が専門家の発明よりも立派なものであることを証明するかのごとき錯覚を起こさせるような麻酔剤が記事の行文の間に振りかけられている。また苦心の年月の長かったこと自身がその発明の巧妙さを裏書きするかのごとき暗示がほのめかされている。しかし実際には多くの場合にこういう発明はかなり不完全なものであったり、実は新しくもなんでもないものであったりする。今の科学的な利器は単に独創的な素人の思いつきや苦心だけで完成するにはあまりに多くの専門的知識の素養を必要とする、という明白な事実が日本のジャーナリストに一般には認識されていないのである。
 こういう状況であるから多くのアカデミックなまじ
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