ある事実に関するある一局部のきわめて特殊な研究が新たに成功したというような場合に、新聞記事ではその研究者がその昔発見された事実自身を今日始めて発見したこととして誤伝される場合もしばしばある。たとえば太陽黒点と日本の一部分のある特定の気象要素との間に或《あ》る相関を見つけたというのが、太陽黒点が地球の気象に関係するという事を始めて見つけたかのごとく報ぜられるような種類のものがはなはだ多いのである。これは担任記者の専門知識の欠乏によるのはもちろんであるが、それよりも科学的研究というものの本質に関する極端な無理解がもとであると思われる。もっともそういう無理解は、何も新聞記者だけとは限らず、一般世間の相当教養ある人士の間にも共通であって、その根源は結局日本における科学的普通教育に非常な欠陥のあることを物語るものであって、何も新聞記者諸氏のみの罪ではないのである。しかし、せめて大新聞の記者だけでも、たとえ具体的の科学知識はもたずとも、一人の学者の科学的研究というものはたとえて言わば道ばたに落ちた財布《さいふ》を拾うたような簡単なものではなくてたとえばツェペリンの骨組みを作り上げるための一本一本の
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