滔々《とうとう》と弁じたような形式で掲載されていた。そうして「異変」という言葉がなんべんとなく記事の間に繰り返されているのをなんのことかとよく考えてみたら、それは「イオン」のことであったのである。
 このごろの新聞の科学記事には、そういうのは容易に見当たらない。それというのも大概は科学者自身に筆を執らせてそれを掲載するという賢明な方法をとっているので、そんな滑稽《こっけい》な記事はありにくいわけである。しかし今でも科学者でない新聞記者の手になったらしい記事の中には時々おもしろい実例が見つかるようである。たとえば、つい近ごろ二三新聞に「重い水」のことが出ていた。たぶん外国からの通信の翻訳であろうと思うが、あの記事なども科学者の目には実に珍妙なものであった。よくよく読んでみるとなるほど重い水素Dからできた水のことと了解されるが、ちょっと読んだくらいでは実に不思議な別物のような感じを起こさせるという書きぶりであった。ゆがんだ鏡に映った自分の顔をはじめは妙な顔だがなんだか見たような顔だと思って熟視しているとだんだんにそれが自分の映像だとわかってくるようなものである。このようにゆがめられた事実の
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