金もダイアモンドもことごとく石塊とすることもある。キルケのごとくすべての人間を動物に化することもあるが、また反対にとんでもない食わせものの与太者《よたもの》を大人物に変化させることもできるのは天下周知の事実であって事新しく述べ立てるまでもないことであろう。そうしてだれしもそれを承知していながら知らず知らずこのジャーナリズムの魔術にかかってしまうのは実に恐るべきことと言わなければならない。
しかし、現在の日本のジャーナリズムがその魔術の呪縛《じゅばく》に破綻《はたん》を示してときどき醜いしっぽを露出するのはいわゆる科学記事の方面において往々に見受けられるのは注意すべき現象である。
もっとも二十年も昔と比べては今の新聞の科学記事は比較にならぬほど進歩したものである。昔ある大新聞の記者と称する人が現在の筆者をたずねて来て某地の地震についていろいろの奇問を連発したことがある。あまりの奇問ばかりで返答ができないからほとんど黙っていたのであるが、翌日のその新聞を見るとその記者の発した奇問がすべて筆者によって肯定された形で、しかもそれは記者の問いに対する筆者の答えとしてではなく筆者自身が自発的に
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