その記事の威力によって世界の現象自身を類型化すると同時に、その類型の幻像を天下に撤《ま》き[#「撤き」はママ]広げ、あたかも世界じゅうがその類型で満ち満ちているかのごとき錯覚を起こさせ、そうすることによって、さらにその類型の伝播《でんぱ》をますます助長するのである。ジャーナリズムが恐るべき性能を充分に発揮するのはこの点であろうと思われる。たとえば大新聞がいっせいにある涜職事件《とくしょくじけん》を書き立てると全国の新聞がこれに呼応してたちまちにして日本全国がその涜職事件でいっぱいになったような感じをいだかせる。冷静なる司直の手もまたいくぶんこれに刺激されてその活動を促進されることがないとも限らない。またたとえば忠犬美談で甲新聞が人気を呼ぶと、あとからあとからいろいろな忠犬物語がほうぼうから出て来て、日本じゅうが犬だらけになり昭和八犬伝ぐらいはまたたくひまに完成するのである。一犬は虚をほえなくても残る万犬の中にはうそ八百をほえるようなのもたくさんに交じるのであるが、それがみんな実として伝えられるのである。ジャーナリズムの指はミダスの指のように触れる限りのものを金に化することもあり、反対に
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