おいて、その外に色々の旨そうなものをちらと見せたきり引込めてしまう流儀であるが、教科書は一向うまくない汽車弁当のおかずの品々を無理やりに口の中へ押し込むような流儀だからである。
光の反射屈折に関する基礎法則を本当によく呑込ませることに全力を集注し、そうしてそれを解説するに最適切な二、三の実例を身にしみるように理解させれば、その余の複雑な光学器械などは、興味さえあらば手近な本や雑誌を見てひとりで分かることである。何も中学校で一々無理に教える必要はないと思われる。電流と磁気との基礎的な関係をゆっくり丁寧になるべく簡単な実験で十分徹底的に諒解させれば、ダイナモやモーターの色々な様式などは三文雑誌にでも譲って沢山であろう。しかし、そういう一番肝心な基礎的なことがよく分からないで枝葉のデテールをごたごたに暗記して、それで高等学校の入学試験をパスし、大学の関門を潜り、そうして極めてスペシァルなアカデミックな教育を受けて天晴《あっぱ》れ学士となり、そうしてしかも、実はその専門の学問の一番エレメンタリーな第一義がまるで分かっていないというスペシァリストは愚か大家さえ出来るという実に不思議な可能性が成
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