んだだけではちっとも分からない。
 汽車弁当というものがある。折詰の飯に添えた副食物が、色々ごたごたと色取りを取り合せ、動物質植物質、脂肪蛋白|澱粉《でんぷん》、甘酸辛鹹《かんさんしんかん》、という風にプログラム的に編成されているが、どれもこれもちょっぴりで、しかもどれを食ってもまずくて、からだのたしになりそうなものは一つもない。
 物理の教科書を見るたびに何となくこの汽車弁当を思い出すのであったが、今度レビューを見学してからレビューと教科書の対照を考えさせられるような機会に接した。
 多くのレビューでは、見ている間だけ面白くて、見てしまったあとでは綺麗に忘れてしまうのがむしろその長所であり狙い所ではないかと思うが、物理やその他の科学の教科書はそれでは困りはしないか。
 三つのものを一つに減らしてもその中の一番根本的な一つをみっしりよく理解し呑込んでしまえば、残りの二つはひとりでに分かるというのが基礎的科学の本来の面目である。そうでなくても一つのものをよく玩味《がんみ》してその旨《うま》さが分かれば他のものへの食慾はおのずから誘発されるのである。沢山に並べた栗のいがばかりしゃぶらせるよ
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