を引くようになったのは近頃のことである。
チューインガムは、自分には、アメリカのヤンキーズムの象徴のように思われて仕方がない。アメリカ文化の特徴がことごとくこの奇妙な物質の中に集中され包含されているような気がするのであるが、その理由は分らない。
アメリカ人には勉強家努力家がなかなか多い。ギャングも居るが真面目な努力家も多い。努力の余波が顎《あご》の筋肉に伝わって何かしら噛んでいたくなるのかとも考えてみた。自分の知っている老人で、機嫌が悪くて怒りたいのを我慢しているときに、入歯を止みなく噛み合わせるのが居た。またある精力家努力家で聞えた医者で患者を診察しながら絶えず奥歯を噛み合わせる人がある。昔から「歯噛《はが》みをなして」というのは腹を立てた人の形容ということに相場がきまっているくらいである。ともかくものんびりした気持やぽかんとした気持と、この歯噛みの動作とがよほど縁の遠いものであるだけはたしかであろう。
心理学者の説によると、感情があとで動作がさきだということである。怒るという動作をしなければ怒りの感情は発育を遂げることが出来ずに消えてしまうそうである。この理窟を素人流《しろう
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