とりゅう》に応用すると、歯を噛み合わせる動作によって緊張努力の気持が幾分かは助長されるという効果があるのかもしれない。
顎の張った人は意志が強いというから、始終チューインガムを噛んで顎骨でも発育したらあるいは意志が強くなるというのかもしれない。
こう考えて来ると少なくも彼《か》の税関吏の場合はやや従前とはちがった光の下に見直すことが出来る。税関吏の仕事は要するに一般にはあまり面白い仕事でないであろう。それを忠実に遂行《すいこう》するに要する努力の興奮剤としてチューインガムを使用しているとすれば、いくらか尤もらしく思われて来るのである。しかし銀座を歩いている二人の洋装婦人のチューインガムが何を意味するかはどうしても分らない。
クーシューというフランス人は『アジアの詩人と賢人』と題する書物の一節において、およそ世界の中で日本人とアメリカ人と程にちがった国民は先ずないという意味のことを云っている。これには自分も同感であった。しかし事実において服装でも食物でも建物でもまたスポーツでもジャズでもチューインガムでも、現在|滔々《とうとう》として日本の社会のあるレヴェルを押し流しているものはこ
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