来が織るような街の両側の人道の並木の下には手を組んだ男女の群が楽しそうに通っている。覘いている竹村君の後ろをジャン/\と電車が喧しい音を立てて行くと、切るような凩《こがらし》が外套の裾をあおる。隣りの文房具店の前へ来るとしばらく店口の飾りを眺めていたが戸を押し開けてはいって行った。眩しいような瓦斯燈《ガスとう》の下に所狭く並べた絵具や手帳や封筒が美しい。水色の壁に立てけけた真白な石膏細工の上にパレットが懸って布細工の橄欖《かんらん》の葉が挿してある。隅の方で小僧が二人掛け合いで真似事の英語を饒舌《しゃべ》っている。竹村君は前屈みになって硝子《ガラス》箱の中に並べたまじょりか[#「まじょりか」に傍点]皿をあれかこれかと物色しているが、頭の上の瓦斯の光は薄汚い鼠色の襟巻を隠す所もなく照らしている。元気よく小僧を呼んで、手に取り上げた一枚の皿と五円札とをつき出すと、小僧は有難うといって竹村君の顔をじろじろ見た。竹村君は小僧が皿を包むのをもどかしそうに待っていたが、包を受取ると急いで表へ飛び出した。そうして側目《わきめ》も振らずにいきなり電車へ飛び込んでしまった。
 竹村君がこのまじょりか[#
前へ 次へ
全10ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング