緒に財布へ押しこんだのを懐《ふところ》に入れて、神保町《じんぼうちょう》から小川町《おがわまち》をしばらくあちこち歩いていた。美しさを競うて飾り立てた店先を軒ごとに覗き込んでいた。竹村君はこうして店先を覗くのが一つの楽しみである。ことに懐に金のある時にそうである。陰気な根津辺に燻《くす》ぶっていて、時たま此処らの明るい町の明るい店先へ立つと全く別世界へ出たような心持になって何となく愉快である。時計屋だの洋物店の硝子窓《ガラスまど》を子供のようにのぞいて歩いた。呉服屋には美しい帯が飾ってあった。今日ちらと見た紙屋の娘の帯に似ている。正札を見ると百二十円とあった。絵葉書屋へはいったら一面に散らした新年のカードの中には売れ残りのクリスマスカードもあった。誰に贈るあてもないが一枚を五十銭で買った。水菓子屋の目さめるような店先で立止って足許の甘藍《かんらん》を摘《つま》んでみたりしていたが、とうとう蜜柑を四つばかり買って外套の隠しを膨《ふく》らませた。眼鏡屋の店先へ来ると覘《のぞ》き眼鏡があって婆さんが一人覘いている。此方のレンズを覘いてみると西洋の美しい街の大通りが浮き上がって見える。馬車の往
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