鳴を上げてこわがるので、むすこ思いの父親はその次の年から断然夕顔の栽培を中止したという実例があるくらいである。この花嫁は実際夕顔の花のような感じのする女であったが、それからわずかに数年の後なくなった。この花嫁の花婿であったところの老学者の記憶には夕顔の花と蛾とにまつわる美しくも悲しい夢幻の世界が残っている。そう言って彼は私にささやくのである。私には彼女がむしろからすうりの花のようにはかない存在であったように思われるのである。
 大きな蛾の複眼に或《あ》る適当な角度で光を当てて見ると気味の悪いように赤い、燐光《りんこう》に類した光を発するのがある。なんとなく物すごい感じのするものである。昔西洋の雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この目玉の光には実際多少の妖怪味《ようかいみ》といったようなものを帯びている。つまり、なんとなく非現実的な色と光があるのである。これはたぶん複眼の多数のレンズの作用でちょうど光《ひか》り苔《ごけ》の場合と同じような反射をするせいと思われる。
 蛾《が》の襲撃で困った時には宅《うち》の猫《ねこ》を連れて来ると、すぐに始末が着く。二匹いるうちの黄色いほ
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