うのやせっぽちの男猫が、他にはなんの能もない代わりに蛾をつかまえることだけに妙を得ている。飛び上がったと思うと、もう一ぺんにはたき落とす。それからさんざんおもちゃにしたあげくに、空腹だとむしゃむしゃと食ってしまうのである。猫の神経の働きの速さとねらいの正確さにはわれわれ人間は到底かなわない。猫が見たら人間のテニスやベースボールはさだめてまだるっこくて滑稽《こっけい》なものだろうという気がするのである。それで、かりに猫の十分の一秒が人間の一秒に相当すると、ねこの寿命が八年ならば人間にとっては八十年に相当する勘定になる。どちらが長生きだかちょっとわからない。
これは書物で読んだことだが、樫鳥《かしどり》や山鳩《やまばと》や山鴫《やましぎ》のような鳥類が目にも止まらぬような急速度で錯雑した樹枝の間を縫うて飛んで行くのに、決して一枚の木の葉にも翼を触れるような事はない、これは鳥の目の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行なわれる羽翼の筋肉の機制の敏活を物語るものである。もしわれわれ人間にこの半分の能力があれば、銀座の四つ角《かど》で自動車電車の行き違う間を、巡査やシグナルの助けを借りずとも
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