からすうりの花と蛾
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)四《よ》つ目《め》垣《がき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三|艘《ぞう》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和七年十月、中央公論)
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 ことしは庭のからすうりがずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四《よ》つ目《め》垣《がき》のばらにからみ、それからさらにつるを延ばして手近なさんごの木を侵略し、いつのまにかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側のかえでまでも触手をのばしてわたりをつけた。そうしてそのつるの端は茂ったかえでの大小の枝の間から糸のように長くたれさがって、もう少しでその下の紅蜀葵《こうしょくき》の頭に届きそうである。この驚くべき征服欲は直径わずかに二三ミリメートルぐらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。
 毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精《フェアリー》の握りこぶしとでもいった格好をしてい
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