れば善かったのだろう。代価を強《し》いて取らせて破片だけを持って帰るのもあまりにぎごちない窮屈な気がする。二個分の代価を払って、破片と、そうして破《わ》れないもう一つをさげて来るのも何だか殊更で、そこに説明の出来ない無理があるように思われる。それかと云って自分のした事はどうしても正当ではない。
仮りにこれが五拾銭でなくて五拾円か五百円の壷であったら、どうだろうという事を、いささか臆病な心持で考えてみた。理窟は同じでも、実際は少しちがうような気がした。この方だと却って事柄がずっと簡単にはこびそうな気もした。正当不正当の問題が、他の利害の問題のために蝕《おか》されて変って来そうに思われたのである。この現在の場合はどうでもいいとしたところで、逆に吾々が何か重大な問題にぶつかった場合に、それを、本質的にそれと同様な、しかし通例|些細《ささい》なと考えられる問題に「翻訳」して考えてみなければならない場合も随分ありはしまいか、そうしてみて始めて問題が正当な光に照らされるような事がありはしまいか。こんな事も思ってみたのである。
ドイツの下宿屋で、室に備え付けの洗面鉢を過《あやま》ってこわしたある
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