釉のかかった、少し大きい花瓶が目についた。これも粗末ではあるが、鼠色がかった白釉の肌合も、鈍重な下膨《しもぶく》れの輪郭も、何となく落ちついていい気持がするので、試しに代価を聞いてみると七拾銭だという。それを買う事にして、そして前の欠けた壷と二つを持って帰ろうとするが、主人はそれでも承知してくれない。もしその欠けたのの特別な色合でも何か調べる必要があるのなら持って行ってもいいが、もう一つ欠けないのもぜひ持って行けというのである。
それでは私が困るからと云ってみたが、「いえ、とんでもない事です」と云ってなかなか聞き入れてはくれない。
結局私は白い花瓶と、こわれない別の青い壷との二点をさげておめおめと帰って来た。
主人は二つの品を丁寧に新聞紙で包んでくれて、そしてその安全な持ち方までちゃんと教えてくれた。私はすっかり弱ってしまって、丁度|悪戯《いたずら》をしてつかまった子供のような意気地のない心持になって、主人の云うがままになって引き下がる外はなかったのである。
帰る途中で何だか少し落着かない妙な気がした。軽い負債でも背負わされたような気がしてあまり愉快でなかった。一体これはどうす
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