わぐすり》の色が何となく美しく好もしいので試しに値を聞くと五拾銭だという。それでは一つ貰いましょうと云って、財布を取り出すために壷を一度棚に返そうとする時に、どうした拍子か誤ってその壷を取り落した。下には磁器の堅いものがゴタゴタ並んでいたので、元来|脆《もろ》いこの壷の口の処が少しばかり欠けてしまった。私は驚いて「どうもとんだ粗相をしました」と云うと、主人は、「いや、どう致しまして、一体この置き所も悪いものですから」と云った。そして、「このつれ[#「つれ」に傍点]ならまだいくらでもありますから、どうぞいいのを御持ち下さい」という。
 一体私がこの壷を買う事に決定してから取り落してこわしたのだから、別に私の方であやまる必要もなければ、主人も黙って破片を渡せばいいのではなかったかと、今になってみると考えられもする。これはどちらが正当だか私には分らない、とにかくその時は全く恥じ入って、つい無意識にあやまってしまった訳である。
 ともかくも代価の五拾銭を払おうとすると、どうしても主人が受取ろう云わない。困り入ってどうしたものかと考えながらその解釈を捜すような心持で棚の上を見ると、そこに一つの白
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